紫陽花には ナイショ
 


6月というと日本では何と言っても“梅雨”というのがイメージされるが、
しとしとと降り続くのは案外と7月間際になってからだったりし。
ここ最近は特に、5月の初夏気候がそのまま幅を利かせて、
気温も高く、しかもからっとした、梅の土用干しに困らないお日和が続くほど。
今年もまた、あんまり雨には縁のないまま半ばを過ぎ、
ツツジの出番と入れ替わるよに、
紫陽花の茂みが瑞々しい大きな葉の繁茂と共に最初の白や薄緑の瓊花を咲かせ始めていて。
真夏日さえ記録するほどの陽気の下、
若い層はそろそろコーヒー紅茶はアイスかななんて思うよな昼下がりに、

 「太宰さん、お誕生日おめでとうございます♪」

今日はさほど急ぎの依頼もないようで、
遠方への聞き込みだの出張だのもないままに ほぼ全員が顔を揃えていた事務所へ、
敦とナオミが両側を支えるようにして、大きめの盆に載せて持ち込んだのが、
ドッジボールくらいは優にありそなデコレーションケーキ。

「はい? 私に?」

名指しされた蓬髪の青年調査員の机へと運ばれたそれへ、
名指しされたご当人が一番キョトンとしていたけれど、

「勿論ですわ。」
「そうですよ、頼りにしてますもの。」

もういい大人という世代なのと、
平生はやや怠け者でルーズなところの多い いい加減な人性でもあり、
周囲からもそのような把握をされていようという自覚があったか、
こんな風に職場の皆様からの構い立てがあるというのは意外だったようで。
それを打ち消しての笑顔を向けるプレゼンター二人の背後から、
にこやかな顔をした他の社員たちも集まって来、

「うずまきの女将さんに教わって、
 谷崎さんとナオミちゃんと鏡花ちゃんとで作ったんですよ?」

あ、ボクも飾り付けちょっとだけ手伝いましたと、
もじもじする敦なのへ、おや嬉しいねと笑顔で返し。
セレモ二として歳の数…をかたどった数字のろうそくに火を灯し、
お約束の“はっぴーばすでいとぅーゆー”を唄ってもらって、
勢いつけた吐息で吹き消せば、拍手が沸き上がっての、さてと。
これもまた流れというものか、
谷崎くんの手慣れた包丁さばきで人数分に切り分けられてゆく手際の良さよ。
3時のお茶の付け合わせも兼ねているものか、
乱歩さんや国木田くん、賢治くんもにこにこと頬張る中、

「そうそう、敦くん。」

皆が談笑に沸く中でこそりと低められた太宰の声が届き、
内緒話のトーンだったのへ素直に耳を寄せるような所作を取れば、

「もしも今日中に連絡が入るようだったら、
 中也にありがとうって言ってたと伝えてもらえるかな。」

おや、この場で持ち出すにはちょっと場違いな名前だと、
敦が玻璃玉のような双眸を瞠ってキョトンとしてしまったが、

「太宰さんから、でいいんですか?」
「ああ。」

恐らく、こっちからは連絡入れられないのでしょ?と訊く彼なのへ、
ちらと周囲を視線だけで見まわし、ええと小さく頷く虎の子くん。
彼の大好きなお人は、所属するマフィアの遠征で一昨日から遠出しており、
原則、連絡は取れないことになっている。だが、

「……あ。」

ああそうかと何かを察したらしく、
そのままそれを訊いていいものかどうかと視線を泳がせる少年へ、

「本当は彼奴と共にまだ遠征中なはずなんだけれど、
 今朝早くに自分チへ帰って来いってメールがあったのでね。」

いくら一年に一度の特別な日だとはいえ、
そんな特別な扱いをされるなんて、
彼らを率いているリーダー役の誰かさんが気を回した采配でもせぬ限り無理なこと。
大方、太宰に貸しだとかどうとか言ってのことだろけれどと、
しょうがないなぁという苦笑のつもりらしかったものの、
その口許はそれは柔らかく楽しそうな笑みでほころんでいて。

「判りました。僕からもお礼を言っときますvv」

そわそわしてでもいたものか、いやいやそんな素振りもなかったの、勝手に焦れたという順番か、
敦は、寡黙な漆黒の青年をとっとと送り返した、情に厚い彼の人を思って
くすぐったそうに微笑ったのだった。


 
     ◇◇


退社時間となり、指定されたとおり自宅ではなく彼の住まいを訪のえば、

「おかえりなさい。」

数日ぶりに逢う彼の、静謐透徹、端麗な姿に、ついついお顔がほころんでしまう太宰で。
濃い色のシャツにワークパンツというざっかけない恰好で、
まだまだ幼さの残る顔の中、黒々と濡れた双眸がキョトンと見上げてくるのが愛しくてならぬ。
他へは斬るように鋭であり、冷たいばかりの眼差しが、
それはおずおずとした、だが、やわらかな温みをおびて見上げてくるのだ。
いかんなどうにも浮かれてしまうと、別段、それを咎める人もないというに、
照れが出るほど口許が怪しく緩んでしまう。

「ただいま。」

まま、今日は特別な日なのだしと、粛々と受け入れることとし。
目許を細めて控えめに微笑っている芥川から促されるのへ導かれ、
居室へ上がり込むといつもの体で着替えをし、
今日一日頑張ったのだろ、手を尽くされた夕餉をいただく。
蒸すのでというカニの脚身の酢の物に、
薄味の炊き合わせに、牛肉で根野菜を巻いて甘辛く煮た八幡巻きやら、
甘鯛のポワレに大根ともやしの胡麻ドレサラダなどなどの品揃えは大したもので。
初心者なはずの彼には大変な作業だったろにと思いつつ、
ありがたく箸を伸ばし、それはしみじみと味合わせていただいて。
ご馳走様と手を合わせ、これもまた丁寧に淹れられたお茶、
だが、湯呑を手に取る前にそれを供した彼の頬へと手を伸べる。
不意を突かれたからだろう、え?と表情が薄まったその頬を
すっぽりと収めた手でそろりと撫ぜると、

「疲れてはいないかい?
 戻ってすぐにあれこれと手をつけ始めたのだろうに。」

だって、どうかすると今日は戻っては来れなんだ当日だ。
逢えないのは心苦しいが、記念日にこだわる女子でもあるまい、
お祝いの言葉だけ出先からメールで送ればと思っていた彼だろに。
あのお節介焼きの幹部殿が尻を叩いたばっかりに…と、
そんな方向からの解釈を持ってきた太宰だったのへ、

「あ…。」

視線がやや下がった黒の青年の口許から、
ぽつりとこぼれたのは、

「何か美味しくなかったものがありましたか?」
「いやいやいやいや、そうじゃなくって。」

ああいかんいかんと慌てて立ち上がり、テーブルの縁を廻ってっての
自分には細くて小さな、
だが修羅場では冴え冴えとおっかない剥き身の刃な痩躯を
懐ろ深くへと掻い込み収めて きゅうと抱きしめると。
すべらかな頬へと頬を当て、

「ごめんよ、私がこういうこと言うのはまだまだらしくないのだね。」

粗探しではないが、それでも此処を直しなさいと
まずはそんな物言いをする人だと依然として思われているらしく。
しまったしまったとひやりとしたまま、
もっと冷たいものを飲み込まされたのだろ彼を温めれば、

「…あ、いえあの。////////」

此処でやっと、そうじゃないんだよと気づかされ、
やさしい匂いにくるまれて、丸い頭を頼もしい手でくるりと撫ぜられる感触に
ちょっぴりささくれかかった胸元を安堵で緩める青年で。
慣れない者同士の気遣い合いは、
其処だけ相変わらずの不器用さで 少しずつの蓄積中であるらしい。



かように、まだまだ慣れぬことの方が多かろう、
常在戦場の生きざましか知らなんだ青年と、
常に緊迫が必要な世界との所縁深く、抜け目のない気質がどうしても先に立つ男とでは、
何かと躓くことも多かりしで、そう簡単には運ばぬようで。
先程のような勘違いへも
そのまま微笑み合ってのお顔を見合わせ合い、
“もうもう知らない”なぞと甘え合う展開へなだれ込むのは
十重二十重の陣をもって取り囲まれた
四面楚歌状態の窮地からの脱出法を練るより相当に難しいレベルらしかったものの。

 とはいえど

そこはやっぱり、師弟である以上に甘い間柄なのを実感したい誰か様。
リビングへ移ってから、小さな薔薇が一輪添えられた細長い小箱をあらためて渡され、
キャップ部分の縁取りに差し色の入った、趣味のいい万年筆を贈られたのへ
それは素直に喜んでから。
手渡されたその距離感が短いうち、ソファーの上でぽそんとその身を横にすると、

「え?」

やはりまだ慣れはないか、ひょこりと躍り上がりかかった彼の細い膝の上へ頭を載せ、
寝返りを打つと見上げた相手の顔へ ふふと悪戯っぽく笑いかける。

「こうまでいっぱい、祝ってくれて、本当に身に余るほど幸せなのだけど。」

自分に比すればまだまだ小さめの手が、恐る恐る髪を梳いてくれるのへ目を細めつつ、
何を言われるのかとやや真摯な表情へ強張りつつある芥川の白い顔、
真っ直ぐ見上げた太宰が口にしたのは、

「もう一つ、我儘を言ってもいいかな?」

そんな一言で。
何と言っても今日の主役様。
それでなくとも一体何を御所望かとついついそれへばかり気を取られ、
優しくされてもそれへ気づくのへ、さっきのようにワンテンポ遅れるくらいに残念な自分へ、
ではとわざわざ言ってくださるらしいのへ。

「…。」

ついつい背条も伸びての息を詰め、続く言葉を待っておれば、

 「今のキミが私をどう思っているのか、教えて?」
 「…はい?」

ちょっぴり寂しげなヴェールのかかった笑みを浮かべたお顔は、相変わらずに端正で。
自分へだけ向けられている鳶色の瞳の深みのある色合いと
しっとりと甘い響きに満ちていた囁きと。
その二つがこの自分から引き出そうとしていることと言えば、

 「……っ。」

そのくらいはさすがに察しもついたほどに、小難しいことではない。
こじれた数年が挟まったが、その間だって…いろいろと齟齬もあったがそれでも、
心根の根底では それに関しては一貫してぶれてはいなかったと思う。
ただ、

「あ…。///////」

意識したそのまま、頬が熱くなり喉がきゅうと締まるのを実感する。
日頃向けているのは一歩引いた従属だが、
それを飛び越す意味まで持つ大雑把さで応じてもいいものか。

「どうしたの?」
「いえ、あの…。」

もじもじするあまり、髪を梳いていた手も止まる。
それでもと、視線を泳がせてから、意を決して口にしたのは、

「尊敬しております。」

ちょっと遠巻きにした云いようをしてみたところ、

「それもあろうけど、それだけ?」

ああ、余裕がおありだ。
目許を細めて笑うお顔の、なんと優しくてまろやかなことか。
こんな風に笑ってもらえるだけでドキドキするのに、
その前に、膝を貸しているなんて体勢も、落ち着けなくてたまらないのに。

「お、お慕いしております。」
「う〜ん、嬉しいけどそれじゃあまだ堅いなぁ。」

ふふーと笑って手を伸べてくる。
こちらの短い前髪を梳き上げ、頬を撫でてくれて。
まだそれじゃあ足りないよと悪戯っぽく笑って促すのが
嬉しいような…恥ずかしくて居たたまれないような。


「えっと、あの…。」

こんな風にもじもじと逡巡なぞしておれば、かつてなら拳か蹴りが飛んできただろうが、
そして、もういいとにべもなく打ち捨てられたことだろが。
さすがにそういった次元の話じゃあないし、
むしろ“いつまでも待つよ”とにっこり笑っておいでな方が、胸が苦しいままで辛い。
視線をあちこちへうろつかせるが、それでも答えはどこにもない。
いやさ、胸のうちにしかないものを手に取らず、
往生際悪くも うじうじ迷っているだけで。

「〜〜〜〜〜。/////////」

困った困った、
ああ、あのおとうと弟子くんみたいに素直で愛らしい性格だったなら、
真っ赤になりつつも、それでもえいと頑張って、思ったことをそのまま告げるに違いない。
相手があの中也さんでなくたって、ちょっぴり斜めな告白になったとて、
可愛らしいなと受け取ってもらえように。

 「……、ぁ。」

そんな風に逡巡すること幾刻か。
いくら気の長いままに忍耐を養っている太宰でも、
仕事帰りという身、頭へ伝わる体温の温みもあって、
うとうとと転寝を始めたらしく。
聞こえる呼吸も寝息のそれか、少しテンポが長くって。

「……。」

ああまた出遅れたかと、肩を落として吐息をつく。
さすがに叱られはしなかろが、その分、押し隠す格好でがっかりさせちゃったなと、
恥を掻かせたことを心苦しく思ってしまう。
いつぞやに敦へ相談してしまったほど、どうしてこうまでしてくれるのか。
これで図太い自覚もあるのに、それは戦さに関しての身だと見抜かれているのか、
中也以上の気配りで、それは優しくしてくれるのが、甘やかしてくれるのが、
何とも畏れ多くて…でもうん、正直言って嬉しくて。

 「……。」

役者のように整ったお顔の中、
柔らかに伏せられた目許を、それでもそっと片手を伏せおいて隠すと、

 「…好きです。」

小さな声でささやいて。
言い逃げはずるいかな、でも、これが精一杯ですと。
語尾が室内の空気に溶けて消えるまでをじっとしておれば、

 「……随分と難産だったね。」
 「…っ。」

目許へ置いた手を捕まえられて、
ハッとし、ようよう見やれば…くすすと口許が微笑っておいで。


「あ…や、あのっ。////////」

その胸のうちで随分と転がしたのだろう一言は、
か細い囁きながら、それはそれは甘く煮詰められてのしっかとした輪郭持つ一言で。
嗚呼、嬉しい贈り物をありがとうと、
指の細い手をそおと退け、身を起こしたそのまま、
真っ赤に熟れた青年の頬を撫でると、
ほらほら目を閉じてと楽しそうに言って見せた、困った師匠だったそうな。




 
HAPPY BIRTHDAY! OSAMU DAZAI!

  
     〜Fine〜  17.06.19


 *何か突貫な出来ですいません。
  他のが後回しですいません。お誕生日おめでとう、太宰さんvv
  実はじれったい二人です。
  中敦ならもっと安易に
  “好きです”とか“俺の方が好きだぞ”なんて
  臆面もなく言い合っちゃうんでしょうにねvv

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